バイオグラフィBiography

来歴

高校生の頃は理論物理学に興味を持ち、東京大学物理学科に進んだが、卒業後の1960年代終わり頃に、ロトフィ・ザデーの論文に感銘を受けたことから、ファジィ理論の研究に取り組み始めた。
1975年に工学博士号を取得。博士論文では、ファジィ測度とファジィ積分の概念を提案した。
1976年から1977年にかけて、クイーン・メアリー・カレッジ(ロンドン大学)、および、トゥールーズのオートメーション・システム解析研究所にて在外研究を行った。

1978年以降、ファジィ理論を制御工学に応用する研究を進め、1980年から83年にかけて、浄水場の水質をコントロールする、日本初のファジィアプリケーションを開発した。
1987年、音声で大まかな指示を与えるだけで、自由自在に走り方をコントロールできる模型自動車の試作に成功した。

1993年、大学入学センター試験「現代文」で、菅野道夫「ファジィ理論の目指すもの」が採用された。

1994年1月、世界初の音声操縦無人ヘリコプターの開発に成功した。これは地上の人間の言葉を無線で伝え、自在に遠隔操縦できる「知的無人ヘリコプター」によるもので、静岡県、向笠飛行場での公開実験にて発表した。それ以前のヘリは、有人でも無人でも複雑な操作が必要だったが、このヘリでは、「もう少し前進」「大きく右へ旋回」といったあいまいな指示でも、その意味をほぼ正確に読み取って伝えることができるため、専門的な訓練を受けなくてもすぐ操縦できるという利点がある。

1995年2月、小型「知的無人ヘリコプター」の公開実験にて(静岡県、向笠飛行場)、人工衛星によるGPSを利用して飛び、あらかじめ記憶させた模様の描かれた場所に着陸する世界初の試みに成功した。

1970年代後半より、ファジィ理論とファジィ制御の研究を進める中で、言語に興味をもつようになった。ウィトゲンシュタインの哲学を知り 、チョムスキーよりもウィトゲンシュタインの観点に近い言語理論があるのではないかと考えるようになっていたところ、80年代後半にM・A・K・ハリデーの言語学理論に出会った。1990年頃にシステムの言語モデルに関心を持つようになり、ハリデーの選択体系機能言語学を本格的に学び始めた。

2000年、東京工業大学の定年退職を機に理化学研究所・脳科学総合研究センターへ移り、ハリデーを顧問に迎えて、人間の知の体系としての言語システムにもとづく日常言語コンピューティングのプロジェクトに取り組んだ。

2005年、同志社大学へ移る。同じ時期から、スペインのEuropean Centre for Soft Computing(ECSC)の連携研究員として ’Cognitive Computing’ 研究ユニットを立ち上げ、年に数か月現地に滞在して研究を行った。2010年に同志社大学を退職し、以降2015年までECSCの名誉研究員として研究を継続した。

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